悲しき恋―時代に翻弄されて―
「はい、お一さん。」

そう笑みを浮かべると、お一は目を細める。

「やはり、そなたには笑うてる顔の方がよい。」

「…お一さん、」

「泣き顔なぞ、その美しう姿を台なしにするだけじゃぞ、エバ。」

ほんの少しの、恐らくまだ一刻も過ぎてはいないのに、すっかり千与はお一と打ち解けていた。

「わしは夫に先立たれ、出家しようと思うていたがその頃、わしの腹には赤子がおることを知りに、辞めたのじゃ。最初の頃は皆わしを鬼を見ておるかのように睨みつけておった。
夫に先立たれたのに出家をせずなんて、ってよう言われた。されど、子の傍にいたかったのじゃ。」

その話は胸を痛くした。
何故己の夫が死せば出家なぞするのだろう。

出家、聞こえはよくてもその実情はいいものなのだろうか。

「それで、赤子は?」

そう問うと一気に顔が強張り、青ざめるのがわかった。
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