悲しき恋―時代に翻弄されて―
しばらく歩くと、見慣れた町並みが彼女の視界に広がった。

「千与っ!」

その声に肩が小さく一回跳ねた。呼ばれた先を見ると、千与に駆け寄る男の人―由親。

「由親、」

「なにをしておったのじゃ!心配したのだぞ?」

険しい顔。彼のそんな表情を生まれてこの方見ていない彼女は俯いていた。

「お父上も、お母上もどれほど心配しておられたことか!」

「―すみません。」

ただひたすら謝ると、優しい声がした。

「されども、千与が無事でよかった。」

その言葉に顔を上げると、千与の目には彼の瞳は涙で潤っているように見えた。
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