金魚玉の壊しかた
「どうか、顔を上げてくれないか」

ふわりとした声が頭の上から降ってきた。

思いがけず優しいその響きに、また落ちてしまいそうになる涙と戦いながら私は頭を上げた。

「わかっていたよ。
鳥英殿が何かわけがあって、町の中で暮らしているということは」

少し困ったような
少し寂しそうな
そんな虹庵の笑顔が待っていた。

「私には決して手に入らない人のような気がしていた」

そんなことはない。

先法御三家の三男という身分だけを考えるならば、
家老家の娘である私と虹庵は、必ずしも釣り合わない者同士ということではなかった。

もしも雨宮の家が、かつての栄光を失っていなければ──

もしも五年前のあの事件がなく、
雨宮家が残された私の婚姻に頼らなければならないような状況でさえなかったら──


脳裏を過ぎて行くのは空しい「もしも」ばかりだ。


「家のため……か」

虹庵は溜息を一つ、こぼした。

「私も武家の生まれだ。その重きはよく理解している」

五年前は大変だったねと、虹庵はそんな──またしても私の涙腺を刺激するようなことを口にした。


「けれど、あなたが私の申し出を断った理由が……それだけではないことも──わかるよ」

「え……?」


虹庵の笑顔に、つらそうな影が差した。


「もしも、一緒になって欲しいと鳥英殿に申し込んだのが私ではなく──」



虹庵は、悲しげに歪めた微笑で私の胸をえぐった。



「あの、遊水という名の若者だったならば、あなたは同じ返答を口にしたかい?」と。
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