金魚玉の壊しかた
「ここって、妖怪絵師の佐野鳥英って奴の家じゃねーの?」

男の口にした佐野鳥英という名前は、絵師として私が名乗っている名だ。

雨宮家の知行地に佐野村という村があったので、「佐野」はそこから、
「鳥英」は私の本名を文字った画家としての号だが──


「いかにも、佐野鳥英は私だが」

憮然としながら私は言った。

「妖怪絵師ではない。生き物絵師だ」

こんな時でも、そこはしっかり訂正しておいた。


私が名乗ると、見知らぬ男は土間に立ったままポカンとした。


若い男は、見たところ武士だ。
しかし月代は剃っておらず、傾き者といった風体で、

そして服装は何故か道場で着るような稽古着姿だった。


腰には二本差し。

……それがこの場合、一番問題の気がした。


「佐野鳥英って女かよ!?」

目を丸くする男に、

「……何だお前は?」

と尋ねてから──、私は考えを改めた。


「いや、訊く必要はないな」

刻限は深夜。
戸を叩いて声をかけるという部分をすっ飛ばし、
他人の家に戸をぶち破って侵入。
しかもどうやら一人暮らしと知った上でだ。
腰には刀。
こちらは丸腰。
ついでに向こうは男でこちらは女。

そして世間では辻斬りが横行中……となれば、だ。


私はことりと筆を置いて立ち上がった。

「しばし、待っていたまえ」

土間に立った男にそう言ってから台所に向かい──、


先ほど絵にするための蛇を捌いたばかりの包丁を手に取った。
< 18 / 250 >

この作品をシェア

pagetop