金魚玉の壊しかた
凍りついたままの私を見て、青文はふっと表情を和らげた。

「昨日も言った。遊水という男はもういない。だから亜鳥は迷うなと」


いない──?


嘘だ、と思う。
この期に及んでも、彼は私の前にいると思ってしまう。

金の髪も、彫りの深い面差しも、私を映す緑玉の瞳も……遊水だ。遊水のものだと。


ぐい、と刀に力がかかる。

ぽたぽたと赤い液体のしたたる手を動かして、彼が刀の刃を首筋にあてがった。

「このまま刀を引けばいい」

と、遊水は──青文は言った。


「それで、私は死ぬ」


私は自分の手元に視線を落とした。

己の手の中にある見慣れた武器が、急に恐ろしいものに思えた。

思えば、常に身の回りの者が携帯して見慣れてはいても──父も兄も、幼い頃から女の私が刀に触れることは決して許さず、抜き身の刀など手にしたのは生まれて初めてのことだった。


唇を噛む。

どうしてこんな時に家族のことなど思い出すのだろう。


「見ただろう、あの座敷牢を」

私の気を知ってか知らずか、青文は淡々と紡いだ。

「私は血の繋がった家族までもこの手にかけて殺した極悪人だ。何もためらう必要はない。
それに──『あれ』はもう長くない」

柔らかい表情が、虚無的な嘲りへと変わった。

「『あれ』は私にとって、己の罪を省みることのできる唯一の存在だった。
あれが死ねば──私にはもう、己の中の凶刃を押し止める鞘は何一つ無くなってしまう」

そうなる前に、お前の手で殺せと、

己の父親を物のように「あれ」と呼称して、彼は告げた。


私はあの冷たい地下の、ぞっとする光景を思い浮かべる。

咳をしていた老人。

──もう長くない。
だとすれば牢の奥より流れ出でて、あの空間を満たしていたのは──死の臭いだったのか。
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