金魚玉の壊しかた
刀を握る手が、じっとりと汗ばむ。

りい、りい、と聞こえる虫の声は腹立たしいほど平和で、いつもどおりで、

何時なのかも知れぬ時の鐘がかすかに、夜陰の彼方から届いた。


私は──ここで、彼を殺すのか?

民を思い国を憂いて善政をしくこの男を……


ふと、考えた。
殺せば、どうなる?

私は家老を手にかけた大罪人となり、雨宮の家は今度こそ途絶えるのではないか?

それでも──やはり父の無念を晴らすのが武家に生まれた者の為すべきことか。


「心配はいらない。私を殺したら、円士郎殿に助けを求めよ。結城家ならばきっと、亜鳥も雨宮の家も守ってくれるだろう」


相変わらず私の心の中は筒抜けで、泣きたくなるくらいに正確にそれを読んだ言葉を彼は口にして、



違う、と私は思う。


結局、

彼を殺せば雨宮の家がどうなるか、とか、
彼が善政を行う人間であるとか、

そんなのはただの言い訳だ。


私の感情の中では、どうするべきなのか答えは既に出ている。


「さあ、刀を引け、亜鳥」


と、伊羽青文はその瞬間を促した。


この男は、
私の父を陥れて殺し、
私の家を没落させ、
母を苦しませ、
私の人生を滅茶苦茶にし、
権力の座に居座り続けた。

遊水がもういないのならば、ただの亜鳥ももういない。


ここにいるのは、雨宮の娘の亜鳥だ。
< 216 / 250 >

この作品をシェア

pagetop