金魚玉の壊しかた
「一晩泊めて欲しければ、虹庵先生のところにでも行けば良かろう!」

「初めはそうするつもりだったんだがよ。

先生の家はもう寝静まってるみてーだし、そこを叩き起こすのもなァ……──と思って」

「はっはっは! そいつは見上げた配慮だな」


怒りのあまり自分でも意味不明の笑いが出た。

私が全身から放っている怒気もどこ吹く風で、円士郎は平然と説明を続けた。


「で、こっちを見りゃあ、明かりが点いてるだろ?

先生からあんたの話を聞かされてたのを思い出して、ちょうど良い機会だと思ってな」


ここで、円士郎は少し困ったように苦笑いをした。


「まあ、こっちもまさか女とは思ってなかったからな。
男だったら笑い話で……」

「済むワケがなかろう! こんな真似して」


目の前に座っているのは、どうやら完全に常識の欠落した相手のようだ。

これまでこいつはどういう人生を生きてきたんだ?


「いやいや、でもよ。
そこでいきなり包丁で斬りかかってくるあんたもどうかと思うぜ?」


円士郎は手の中の包丁をくるりと回転させた。


「俺だったから何とかなったが、あんた、相手がもしも一晩泊めて欲しい旅の坊さんとかだったらどうするんだよ」

「そんなもしもはあり得ん! 戸をぶち破って侵入してくる旅の坊さんがいるか!
強盗だと思うに決まっているだろうが」

「いやー普通に開けようとしても開かなかったから、ついな」


こいつには戸を叩くとか、中に声をかけるとかいう発想はないらしい。


「とにかく出て行け!

虹庵先生のところが駄目なら、泊めてくれる女など幾らでもいるんだろう! そっちに行け!」

「嫌だね」

「──はあ!?」

「今晩はここにいることに決めたぜ」


あまりのことに私は言葉を失った。


傍若無人な男は、楽しそうな表情で、
強烈な光を帯びたその黒い瞳に私を映し

「あんたが気に入ったからな」

と言った。
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