金魚玉の壊しかた
こんな奴の相手をしている場合ではなく、さっさと下図を上げてしまわなければならないというのに……

私は手首が内出血しているほうの手を軽く握ってみて──顔をしかめた。

くそ、よりによって右手とは。


「悪ィ、利き腕か?」

他人のことなど徹底してお構いなしかと思えば、意外にも円士郎はすぐに気づいた様子で表情から笑いを消した。


「痛むか? ちょっと見せろ」

「…………」


表情を曇らせた顔からは、彼が本気で私を気遣ってくれていることがわかる。

予想外の反応に戸惑いつつも、私は大人しく腕を差し出した。


「すまん、強く握り過ぎた」


私の手を見た円士郎は素直に謝罪して、懐から小さな貝の入れ物に入った塗り薬を取り出し、打ち身に効く薬だと言って塗ってくれた。


「打ち身に効く薬……何から作ったものだ?」

「心配しなくても、怪しいモノじゃねーよ。
手加減しそこねた俺の責任だし、仕事道具の利き腕に悪いことしちまったな」

「そういう意味ではなくて──」


私は慌てた。

ひんやりした薬は気持ち良くて、
薬を塗るために彼に触れられ、少し頬が火照るのを感じていた。


「そうではなくてだな、単純に興味で聞いたのだよ。何の植物からかわかるか?」

「いや、そこまではわかんねえが……あんたも妙な関心持つな」


薬を塗った後、円士郎はついでに手ぬぐいを裂いて巻いてくれながら、


「ああ、そうか。虹庵先生の話じゃあんた、本草学者でもあるんだったな」

と言った。


「学者ではない。囓って育っただけだ」

「そうなのか? 先生は、囓ったどころじゃない知識だって言ってたぜ」


私は狼狽した。

虹庵と何度か語らううち、私の話に虹庵が驚いてくれる場面がいくつかあったが──私のは単なる趣味に過ぎない。

本気で医学を学んでいる虹庵や、世の学者たちとは比べるのもおこがましい遊びだ。
そのように過大評価されても困る。


「どうだ? そんなに酷く痛めてはないと思うが──筆は握れるか?」

手当を終えて、円士郎は心配そうに私の顔を覗き込みながら言った。
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