成長する
奈美が舌打ちする。八つ当たりなのか、それとも美幸の与り知れないやり取りを振り返ったのか、「バッカみたい」と吐き捨てて、女性に背を向ける。そしてもう一度、美幸にだけ見えるように小さく、舌打ちした。

奈美と女性との間に、どんな関係があったかはわからないが、奈美の態度からすると、「困ったことがあったら助けてくれる」とか約束していたのに、破られたのだろう。

奈美が部屋を出ていく。美幸も続こうと思ったとき、目眩がした。とっさに開きっぱなしのドアノブに掴まる。

じゃくり。

美幸の体重を支えたドアノブが、そう泣いた。

ご立腹の奈美は、美幸がめまいによろけたとは気付いていない。こんなところ用済みとばかり、わざとらしく足音を立てて階段を降りていく。ちょうど、頭が見えなくなった。

「待っ」

て、と声を駆けようとした美幸へ、

「アナタ」

と、女性から声がかけられ。

振り返れば、女性が、目を開いている。真っ黒で、真っ黒で――光はおろか闇まで吸い取りそうな純黒が、美幸を見据えていた。

「気分が、悪いんじゃありませんか?」

質問をされて、背すじに冷たく鋭利ななにかを突きつけられた気がした。

たとえば、剣のような。
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