成長する
「美幸はそのままでいてほしいわ」――その言葉にどれだけの思いが込められていたのか、うまく察せられなかった。

しかし、親友の瞳に神妙な哀愁を見た時、奈美が自分を心配してくれているんだと気付いた。

西区は気をつけて。それはたしか、事件の当日、二人が西区へ行くと聞いて自分が言ったこと。それと同じことを、奈美は今の言葉に込めたのだ。

「うん。そうだね」

と、それで伝わったかどうか……素直に頷くことでしか答えられない。ほかに、どうすれば親友の心を――目の前で親友を殺された少女の心を癒せるのか、見当もつかないのだ。

じゃくり。

と、キーシリンダーの回る音がして、玄関が開いた。どうやら兄が帰ってきたらしい。

「ただいま」

案の定の声とともに、ビニールのこすれる乾いた音も聞こえてくる。外へ出たついでに、買い出しでもしてきたのだろうか。

「美幸」

玄関で靴を脱ぎながら、兄が言葉を放ってくる。

「だれか、来てるのか？」

たぶん、奈美の靴を見つけて言っているのだ。

「うん、ちょっと友達が来てるの」

「友達か……どんな子だい？」

「奈美ちゃんって子」

「そうかそうか」
< 48 / 92 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop