成長する
「ぉ、お兄ちゃん……!」

「ああ!」

崩折れる奈美を支えながら叫んだ時には、兄は動いてくれていた。椅子から落ちそうな奈美の体を支え、すぐにリビングを出ていく。

美幸は付き添わず、あえて見送った。自分より兄のほうが力が強いし、二人行ったって仕方がない。

が、そこまで考えて、

(悪いこと、したかな……)

一目惚れの相手に嘔吐しているところを見られるなんて、乙女心が悲鳴をあげそうだった。

(悪いこと、したかな……)

同じことをもう一度考え、反省しつつ、美幸は奈美が落ち着くのを待った。

椅子に座ったまま、奈美の啜り泣きに耳を傾ける。

あの奈美が、こんなにかすれた声をあげるとは。

やはり自分が行けばよかったろうか。

しかし今さら……

(悪いこと、したかな……)

再三自問を繰り返しながら美幸は目を閉じた。

かち、かち、かち、かち。

壁掛け時計の秒針が静かに時を刻む。

かち、かち、じゃくり、かち、じゃくり、かち、かち。

美幸はその音を聞きながら――自分でも気付かないうちに眠りへ落ちてしまっていた。




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