恋するために生まれた
授業が終わると
あたしは一度、家に戻った。

昨日借りた服を洗濯して
朝ベランダに干してきたのだ。




「ただいまぁ」

ドアを開けると
母はニヤニヤした顔で

「もう乾いてるわよ」

と言った。





「うるさいなぁ」

「あっ、アイロンかけなさいよ。
 女性のたしなみよ」

「わかってるよ」


あたしはベランダから
服をとりこむと
アイロンとアイロン台を
部屋に持って行った。



霧吹きで湿らせて
丁寧に丁寧に
アイロンをすべらせる。

母が部屋に入ってきた。



「ちゃんとできるの?」

「できるよ。うるさいなぁ」

「…ユウも
 そんな年になったのねぇ」


母の顔を振り返ると
なぜかいつもより
母が老いたように見えた。



「私がユウの年の頃は
 お父さんに片思いしてたわ」

「…お父さん?」

「そう。ユウのお父さん」



母はあまり
父のことを話したがらない。

だからあたしも今まで
父のことを聞かなかった。
というか、
聞いちゃいけない気がした。


母がそんなこと
自分から話すなんて
意外すぎて
何て答えていいのかわからない。

あたしは
黙ってアイロンをすべらせた。
< 32 / 72 >

この作品をシェア

pagetop