無花の桜木
その夜、いつものように娘は、様子見にやってきた母親に幼馴染のことを尋ねた。

ところが、口を濁す母親。

その姿を見て、娘は酷い不安にかられた。



必死になる娘の姿に観念した母親は、戸惑いながらも真実を口にした。



話を聞いた娘は、母親の静止を振り切って家を飛び出した。



自由の利かない弱った身体を引きずるようにして向かったのは、幼馴染と共に過ごした桜木のもとだった。



春だというのに、一輪の花さえない桜木。

それは、桜木と呼ぶには、あまりに寂しすぎる木だ。



この村が存在する以前から在る桜木は、かつては花を咲かせていたらしい。

それはそれは、見事なまでに美しい薄紅色の花弁を…。


しかし、この村ができて間もなく、ある1人の少女の死をきっかけに、この桜は一切の花を失った。

理由はわからない。

ただ、その少女はこの桜木を、何よりも大切にしていたらしい。



娘は、この桜木が好きだった。

そしてそれは、幼馴染も同じだった。



花は咲かない。

桜木としての役目も果たせない存在。



村人からも見捨てられた桜木だが、2人はこの桜木がいつか再び花を咲かせると信じていた。

2人にとっては、この桜木は特別なものだった。
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