無花の桜木
幼い頃から幾度となく訪れた場所であり、同じように年を重ねてきた2人を見守ってくれたその桜木の下には…。



娘は男の姿を見つけると、重い身体を必死に動かし、駆け寄った。



男は驚いていた。

しかし、泣いている娘を見て、何かを悟ったかのように目を伏せた。

そしてそっと静かに、娘の小さな身体を抱きしめた。



いままでとは違う、強い腕の力。

それを感じると同時に、娘は悟った。


母親の言葉が紛れのない真実であることを…。

男は、動乱の京に行くのだと…。



男は刀の才など持たない民であり、そんな者が京に行くなど、考えられないことだった。



それは、死に行くも同じこと。



しかし男には、行かなければならない理由があったのだ。

突然、更に貧しくなった家…その家族を守るためには、どうしても…。



娘は気づいていた。

全ては父親のせいだということに…。


そして、男もその理由が判っていたのだろう。

己を責めるように泣き続ける娘を見て、優しく髪を撫でた。
< 5 / 11 >

この作品をシェア

pagetop