無花の桜木
男は最後に逢えたことを喜び、娘に優しく口づけた。

そして、何よりも強い願いを口にした。


「誰よりも幸せになって欲しい」と。



女は言った。


「必ず戻って来てください」と。

「毎年この春の夜に、私はこの場所で待っています。何年先になっても、たとえどんな形であっても、貴方と再会できることを信じています。私が幸せになれるのは、それからです」



それは、娘にできる最大限の覚悟だった。



どうすることもできない…それはどれほど悔しく、悲しくとも、足掻くことのできない事実なのだ。



男は、腕の中の娘を一層強く抱きしめた。



男は、これが今生の別れになると悟っていた。

いや、悟らずにはいられなかった。


しかし、娘の耳元に口を寄せ、はっきりと告げた。

「どのような形であっても、この場所に必ず戻ってくる」と。



あとは、ただただ沈黙だった。



花の無い桜木の下で、肌寒い春夜の下で、2人は互いの温もりを感じていた。
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