消えた恋人。
しかしそんな何気ないことが、今のつぐみには「夢」と化している。
儚く、そして健気な夢――
洋祐の顔を見ると、やはり涙が溢れてくる...
「…洋祐っ…、ごめん…ねっ…」
洋祐の手を握りながらまた、いつものように耐えられず泣いてしまった。
「…洋祐は何も悪くないからっ……早くっ…目を開けて……私に可愛いって言ってよ…!」
いくらつぐみが叫んでも、洋祐は目を覚まさない。
洋祐がいつものように口にしていた言葉、「可愛い」。
つぐみは背中を丸めて、溢れる涙を押さえていた。
しかし、蘇る記憶。
それは洋祐の恋人になった日。
それはつぐみが、中3で梅雨の季節の頃――
もう夏休みも間近、中3の彼女たちには「受験」という大きな壁が立ち塞がっていた。
『白道高校って倍率ヤバっ!あたし受かるかな~...で、つぐみはどこ受けんの?』
優は自分の志望校、白道高校の去年の資料とにらめっこしていた。
『私も、白道高校を受験するよ。』
『っえ、まじ!?どうしたの?急に。』
白道高校は偏差値はそこそこ、男女共学で県内でも三本指に入るくらいの、いわゆる世間で言う「良い高校」だった。
優が驚いたのも無理はない。今のつぐみの成績では寝言を言っているようなものなのだから。
『ふふ…好きな人がいるからっ。』
『それってまさか…山室洋祐って人だよね?』
洋祐とつぐみは、同じマンションなので昔からの知り合いだった。
そのため、よくつぐみの家に遊びに来ていた優も、洋祐の事は何となく知っていた。
もちろん、つぐみが洋祐の事を気になっていた事も、勘が鋭い優は気付いていたのだ。
『正解!それでね、昨日会ったんだ。その時…告白した……』
『っえ!うっそー!どんな風に!?』
『それはねぇ……』
今日こそは!と、洋祐をメールで誘い、近所の公園で待ち合わせした。
そして今、ベンチに二人が気まずそうに座っている。
『…』
『…』
しばらく沈黙が続いた。