哀悼歌
それに構わず私は小走りして、その男の腕を強く引っ張る。すると、ゴミでもみるかのような冷たい視線を鬱陶しそうに私に向けた。
高校男子の免疫なんかないに等しいので、それだけで怯んでしまいそうになった。

「っ…あ、の」

「…何?」

…元々、男の人は好きじゃない。

生徒思いの先生も、楽しいクラスメイトも苦手だった。血縁者じゃない今のお父さんだって、努力してようやく慣れたぐらいで、最初は正直嫌いだった。お母さんと再婚して間もなく、耐えきれなくなり家出したくらいに。

なにも、現お父さんである遠山さんに問題があったんじゃない。本当のお父さんが幼少時に亡くなってから暫くお母さんと二人暮しだったので、そのせいかもしれない。

けれど。
それでも新しい家庭に慣れようとしたのは、やはりお姉である遠山溥(とうやまはく)の存在が大きかったからだ。

お姉がいなかったら、私はきっとここにいない。

「…なんで、お姉…」

兎に角、お姉を傷付ける人は誰だろうと許せなかった。急激に頭に血が上る。

「…お前なに、妹?」

「悪いって、何ですか?お姉の何処が気に入らないんですか。あんなに優しい姉なのに」

「あぁ?…俺が誰を好きになろうが、勝手だろうが」

空気がピリピリと張り詰める。
一般論を突き付けられた。間違っているのは確かに私だ、暴論なのは承知している。
でも、と言い掛けた時だった。腕に絡み付いていた私の手を力一杯振り払った男は、静かに眉をよせた。

「…誰が好きになるかよ、あんな女」

瞳孔が徐々に開いていくのを実感した。目の前がちかちかとして、どう考えたって力で叶う筈もない相手を気付いた時には引きずり倒していた。
一回りも違う男の体格の上に馬乗りし、自分でも驚愕するぐらいの力で肩を床に押さえ付ける。ぎり、と音がなってもおかしくなかった。

「…あんな女、だと…?」

男は無表情だった。まるで傍観者みたいに、例えるならポップコーンを摘みながらさほど興味のない映画でもみるように、私の怒りに震えた目をじっと見つめている。
それが余計に腹立たしい。腹立たしい腹立たしい…!

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