臆病者の逃走劇
逃走
もちろんだけど、東条くんは追いかけてこなかった。
当たり前だ。
だってやっぱりこれは、彼の遊びだったんだから。
…本当は心の中で、すこしだけ期待していた。
ありえないなんて否定しつつ、期待していたのに。
だってすごく真剣な瞳をして私を見つめたから。
周りを囲む女の子を押しのけてまで私のところへきてくれたらから。
だけど私は自分に負けた。
自分に自信がなくて、冗談だと知ったとき立ってられる自信がなくて、逃げた。
…この弱虫。
「ねえ、聞いた?東条くんの話!」
「ああ山本さんに告ったやつでしょ?あたし見たよ~」
「まじ!?どんなだった!?」
教室内は、やっぱり噂に溢れかえっていた。
特にこのクラスは当人の私がいるもんだから、興味津々に見てくるのがすごく分かる。
…居づらすぎる。
だけど廊下へ出れば、今日に限ってたくさん東条くんとすれ違う。
目線を合わせないようさっと小走りで逃げるのも心が痛い。
だから私はその日一日、自分の席でだんまりして過ごした。
何を聞かれても、だんましとした。