臆病者の逃走劇
不可
「…なんで逃げんだよ」
聞こえてきた低く甘い声。
誰の声かなんて、すぐ分かる。
だっていつも必死に耳をすませて聞いてきた声だもの。
「東条、くん…」
もう逃げられないんだと分かった。
そう、頭では理解していても、どこかでまだ向き合うのが怖くて。
現実を知りたくなくて。
傷つきたく、なくて。
また立ち上がって走りだしたあたしを、東条くんが簡単に捕まえて本棚に体を押し付けてきた。
背中が本棚にぶつかって鈍い痛みがはしり、思わず私は顔を歪めた。
「や、だ……」
「なにが」
「怖いよ…」
「何もしてねぇじゃねーか」
してるじゃない。
逃がさないように捕まえて、責めるように私を見て。
私の腕を掴む手に、しっかり力をこめてるじゃない。