臆病者の逃走劇


「…山本紗菜」

「山本さんね」



さらりと言われて、名字を呼ばれただけなのにドキリとした。

慌てて目をそらして早口に話す。



「私図書委員なんだけど、だから戸締りしなくちゃだめで、でも東条くん寝てたからどうしようって思って、それで起こしちゃって……ごめん…」



最後の方は勢いを失って、シュンとして謝ると東条くんはフッと笑って立ち上がった。

見上げる私を机に手をつきながら見下ろす。

その優しく笑った表情が、…ひどく私の脳に焼き付いた。



「悪いの俺だし、謝んな」

「あ、いや……」

「寝てたから困ったんだろ。ごめん」

「ううんっいいの。時間、まだ余裕あるから」



余裕があるのは嘘じゃない。

だけどそうやって東条くんにフォローを入れる自分が、いつも東条くんの周りで媚を売っている女の子と同じように思えてしまった。

……考えたら、ぞっとする。



 
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