純情恋心

傷付けるためにあたしに近付いたはずなのに、大切だって思ってくれているのは、どうして?

ただの優しさ?

……そうかも知れないけど、何かが違う気がする。

高遠先輩は、もしかしたら……

『――那智、……本当に待っていたんだね』

不意に背後の教室の入り口の方から聞こえた声と言葉に、あたしはギクリとして動けなくなった。

同時に、頭で考えていた事や千歳との会話が、あたしの頭から消える。

一瞬、ほんの一瞬だけ頭が真っ白になった。

『俺は帰るよ、話があるならついてくればいい』

キュッ……と上履きが床に擦れる音が響き、声の主が、高遠先輩が離れていく姿が脳裏に浮かぶ。

あたしは慌てて立ち上がり、教室のドアの方に駆け寄った。

廊下を覗くと、案の定小さくなってゆく高遠先輩の姿を見つけて……。

「ま、待って、先ぱ……高遠先輩っ……、待って下さい……っ!!」

叫んだところで、振り返ってはくれないだろう。

そう思ったあたしは、一度だけそう叫んで教室の中に戻り、机の脇から鞄を取った。

「ごめん千歳っ……あたし帰るね……っ」

『うん、早く帰りな、ていうか早く追いかけな!』

千歳に背中を押されて教室を出て、あたしは高遠先輩が見えなくなった廊下を走った。

階段を降って、吹き抜けの下に高遠先輩の姿を見つけたあたしは、降るスピードをさらに上げる。

足がもつれて数段踏み外しそうになりながら、辿り着いた玄関前に……あたしの下駄箱の前に佇む高遠先輩の姿に、あたしは走る事をやめた。

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