純情恋心
このままだと隠しきれないかもしれない……そう頭に過って、それでもあたしは否定を示すように首を何度も横に振った。
「違う、そんなのたまたまだよっ! あたしはちゃんと高遠先輩と付き合ってるもん、別れたりもしないもん、あたしは――……千歳……?」
初めて見る、千歳の弱々しい表情……みるみる潤む瞳から、一粒の涙が落ちた。
『……どうして……? 那智は今までっ、あたしに隠し事なんてした事なかったじゃん……!』
一粒、また一粒と千歳の瞳から落ちる涙は、その度にあたしの胸を締め付ける。
『隠さなくちゃ、いられないような事ならっ……そんなの、捨てちゃえばいいじゃない……っ!!』
「……なんで、そんな事言うの……っ?」
捨てちゃえばいいじゃない、って……千歳はあたしに、高遠先輩と別れろって言いたいの!?
そんなの、そんなの絶対に嫌……!
「そんなの無理だよっ、あたしは、っ……あたしが先輩を好きなんだから、離れられな……」
『おうおう、こんなところで修羅場かぁ? つぅか今の声どこかで……って、やっぱり那智ちゃんじゃんか!』
あたしと千歳の会話に突然割って入ってきたのは、……昨日の男子の先輩。
その先輩を先頭に、ホームルームが終わったらしい先輩達が次々と階段を降りてきた。
会話を邪魔されてなんとなく意気消沈したあたしは、ふと千歳を見る。
涙を拭ってあたしに背中を向けた姿を目にして、そのままにしておくのはまずいと思った。
「っ、ちと……」
『修羅場はもっと人気のないところでやれよー? 俺が最初だったからよかったけど、他の奴だったら大騒ぎだぜ?』
あたしの千歳を呼び止めようとした声は、先輩の大きな体から発される声に掻き消される。
そんなだから、千歳にあたしの声が届く事はなくて……。
「ちょっと待って……っ、千歳……!!」
もう一度、今度は掻き消される事なく言えた言葉も、走り出した千歳を引き留める術にはならなかった。