純情恋心

ここは駅のホームで公衆の面前なのに、高遠先輩はそんな事もお構い無しというように、またあたしに顔を近付ける。

「っ、いや……っ!!」

だからあたしは、顔を背ける事で抵抗したんだけど……

『抵抗しないで』

顔は頬に添えられた手に、無理矢理高遠先輩の方を向けられるし。

「や……嫌ですっ、なんであた……」

『那智、ちゃんと言う事聞いて』

あたしの言葉なんて聞き入れてくれなくて、厳しい表情を向けられて……。

「や……だって、あたしは別に、高遠先輩のものになるなんて……」

『那智、俺は無理強いはしたくないんだ……。だけどあまり抵抗すると、……泣かせるかもよ?』

「っ……」

無慈悲な表情で、そんな言葉を口にされたら……あたしは否応なしに黙らされてしまう。

泣かせるかも、って……どういう事……?

それがわからなくて、あたしは恐怖心さえ覚えた。

この人は、本当に高遠先輩なの……?

あの日の優しい表情は?

あの日の優しい眼差しは?

あの日の優しい行動は?

――あの日焦がれた、あの淡い記憶の貴方は……?

今、目の前の高遠先輩には、あたしの記憶の……あの優しい高遠先輩の欠片すら、見当たらない……。

こんな人……、高遠先輩じゃない……!

「は、っ離して、下さい……っ!!」

あたしは本気の抵抗で、腰に回された高遠先輩の手を取り払おうとした。

だけどそんなの、あたしなんかの力じゃ到底敵わない。

『那智、何してるの?』

抵抗に出たあたしの手は、逆に高遠先輩に片手で簡単に捕らわれてしまって。

「い、った……っ」

『抵抗しないでって、言ったでしょう?』

あたしの両手首を高遠先輩は楽々片手で掴むと、ギリギリと音がしそうな程に強く締め付けた。

< 17 / 184 >

この作品をシェア

pagetop