純情恋心
ここは駅のホームで公衆の面前なのに、高遠先輩はそんな事もお構い無しというように、またあたしに顔を近付ける。
「っ、いや……っ!!」
だからあたしは、顔を背ける事で抵抗したんだけど……
『抵抗しないで』
顔は頬に添えられた手に、無理矢理高遠先輩の方を向けられるし。
「や……嫌ですっ、なんであた……」
『那智、ちゃんと言う事聞いて』
あたしの言葉なんて聞き入れてくれなくて、厳しい表情を向けられて……。
「や……だって、あたしは別に、高遠先輩のものになるなんて……」
『那智、俺は無理強いはしたくないんだ……。だけどあまり抵抗すると、……泣かせるかもよ?』
「っ……」
無慈悲な表情で、そんな言葉を口にされたら……あたしは否応なしに黙らされてしまう。
泣かせるかも、って……どういう事……?
それがわからなくて、あたしは恐怖心さえ覚えた。
この人は、本当に高遠先輩なの……?
あの日の優しい表情は?
あの日の優しい眼差しは?
あの日の優しい行動は?
――あの日焦がれた、あの淡い記憶の貴方は……?
今、目の前の高遠先輩には、あたしの記憶の……あの優しい高遠先輩の欠片すら、見当たらない……。
こんな人……、高遠先輩じゃない……!
「は、っ離して、下さい……っ!!」
あたしは本気の抵抗で、腰に回された高遠先輩の手を取り払おうとした。
だけどそんなの、あたしなんかの力じゃ到底敵わない。
『那智、何してるの?』
抵抗に出たあたしの手は、逆に高遠先輩に片手で簡単に捕らわれてしまって。
「い、った……っ」
『抵抗しないでって、言ったでしょう?』
あたしの両手首を高遠先輩は楽々片手で掴むと、ギリギリと音がしそうな程に強く締め付けた。