純情恋心
『……帰ろうかな』
「……え?」
不意に立ち上がると遠くを見つめながらそう言った高遠先輩に、あたしは顔を上げた。
『待ってる意味もなくなったんだし、俺は帰るよ』
「っえ……」
『……何か不満でも?』
「ぇ……あ、いえ……、別に……」
『そう。じゃあ帰るから、……またね、那智』
そう言うと高遠先輩は、あたしに背中を向けて軽く左手をひらつかせながら、振り返りもせずに人込みの中へと消えていった。
姿は見えなくなったのに、あたしはなぜか顔を反らす事が出来なくて……。
立ち上がって目を凝らして見ても、その人込みの中に高遠先輩はいないのに……頭に残る後ろ姿が消えなくて、あたしはしばらく立ち尽くしていた。
――今、あたしの内にある記憶は……あの日の優しい雰囲気の高遠先輩と、さっきまでの少し怖いような……悪戯な雰囲気の高遠先輩。
どっちが本当の高遠先輩なの?
あたしは一体、どっちの高遠先輩を信じればいいのかな……。
――素顔の貴方、あの記憶
あたしにはまだ、素顔の高遠先輩が……わからない。