純情恋心
『……何、俺の顔に何かついてる?』
自分の中で勝手に盛り上がっていたら、先輩にそう問われて。
あたしは先輩を見上げたまま、先輩の顔を凝視していた事に気付かされた。
「え、あ……いえ、ついてないですっ、そうじゃなくて……」
『――……那智……?』
少しにやけながら先輩に言葉を返そうとした時。
不意に背中から聞こえた、あたしの名前を小さく漏らした声。
――その声に、あたしの体は一瞬で硬直した。
舞い上がっていた気持ちを一瞬で無にする、その声……振り向けない、それ以前に、瞬きすら出来ない。
体の全機能が止まってしまったかように、あたしはその場に立ちすくむ。
だって、この声……
『おぉ帰ってきたか樹、ちょうどよかった! 今お前の彼女捕まえ、て、……』
言葉を途中で断って、表情を無くした目の前の先輩に……嫌な予感が過った。
――そしてそれは、すぐに“予感”ではなくなる。
『……那智、何しに来たの、どうしてここにいる?』
発された不機嫌そうな声、それはあたしを突き離そうとする時の、無慈悲な声……。
「高遠……先、ぱ……」
『昨日俺が言った言葉、覚えていない訳?』
ゆっくり振り向くと、眉をひそめる端整な顔立ちにあたしは息を呑んだ。
「っ、でも……だから、あたしは……!」
『君は何度言ったらわかるんだ……! ……もう忘れてくれと言っただろう……?』
苦しげに、そう懇願する高遠先輩。
……どうしてですか……。
どうして貴方は、そんな事ばかり言うの?
どうして貴方は、そんなにも辛そうな表情をするの?
どうしてっ……どうしてあたしを、突き離そうとばかりするの……!?