【件名:ゴール裏にいます】
【件名:お久しぶりです】
「おい勇次、今日これから暇か?」
定時退社の時間前に先輩から声が掛る。週末の金曜日。
僕はこの春に大学を卒業して大手派遣会社に就職し、地元である九州の大分支社で働いている。
スタッフとして派遣社員の管理や教育を受け持ってはいるものの、本来からの人見知りの為に思うようにいっていないのが現状だ。
今日も先輩社員である権田さんに捕まった。
権田さんは僕より二つ年上で、事あるごとに僕を飲みに誘う。
いつものパターンだと居酒屋で軽く一杯。それからお気に入りの女の子の居る店で日付が変わる頃まで付き合わされる。
僕はそんなに飲める方では無く、地方支社に二年振りに配属された後輩を必要以上に構ってくる先輩に少々うんざりしていた。
だがそんな事を言える筈もなく、今日も近場の居酒屋へと連なり歩いて行く。夏も終わろうかと言う夕方の街。
「とりあえず生二つ」
席に着くなり、良い慣れた台詞の如く、注文を取りに来た女の子店員に生ビールを頼む。
「勇次、あの娘カワイイよなぁ。お前あの娘と付き合えたらどうよ?」
権田先輩はこの店の看板娘の沙織ちゃんを指し言う。
沙織ちゃんは春に高校を卒業し、家業である居酒屋『とり蔵(ぞう)』を手伝うようになった。
「事務系に行きたかったんだけど就職無くって」
だが、仕方なしにって感じはしなかった。
愛想の良い接客は、やってくるお客さんには評判良かったし、進んでお客の会話に口を挟んだりと、小さな居酒屋を健気にもり立てている姿勢が見てとれる。
「先輩、告白してみたらどうですか?」
「バカ言うなよ。いくつ年下だと思ってるんだよ。それにそんな事したら、あのおっかないオヤジにどやされるよ」
カウンターの奥からこの居酒屋『とり蔵(ぞう)』の店主、沙織ちゃんの父親が睨みを利かしている。
確かにおっかない・・。
権田先輩は名前に似合わず男前だ。
受け持っている派遣社員の女子にも人気がある。
彼女がいないのが不思議な位だが、人にはそれぞれの事情もあるだろうし、それを僕が詮索してどうにかなる訳でもない。
僕はその事に触れないでいた。
生ビールも二杯目を数えた頃、携帯の着信音が鳴った。
【件名:お久しぶりです】
メル友の沙希ちゃんからだった。