【件名:ゴール裏にいます】
でも不思議とそんな感じはしていた。
権田先輩の事もあったのだろうが、ここあさんはもうあの店を必要としなくて良いのだと思う。

沙希ちゃんもここあさんの言葉には何も触れない。
代わりにそっと瓶ビールをここあさんに差し出した。

「ここあ・・いや、名山さん!今夜は飲みましょうね!」

「あら、私に付き合うと潰れるわよ?それでも良くて?」

「えー、っと。すいません、勘弁して下さい」



「ところで!」

カニをひとしきり食べていた沙希ちゃんが言う。

嫌な予感がした・・。

「タクシーの中での話しの続きでもしませんか?」

作り笑顔でそう言う沙希ちゃんの顔を見れなかった。

「楽しい食事中にその話は良いんじゃないですか?ね・・」

「何?楽しくなくなる話って訳だ。へー」

「ちが・・」

「嘘うそ、じょーだん。そんな話なんて聞かなくても分かるよ。どうせアレでしょ、酔い潰れた勇次くんをどこかで休ませたら、名山さんに抱き着いてママ、ママって泣いたんでしょ?名山さんて勇次くんのお母さんにちょっと似てるもんね」

「うそ。そうなの沙希さん」

「うん。誰かに似てるなぁ、って思ってたんだけど、思い出した」

「そう。でもちょっと違うわよ。勇次くんはママ、ママじゃなくて沙――」

「あーー!はい。もう良いですよね!二人共飲みが足りないんじゃないですか?はい、注ぎます注ぎます。ほら沙希ちゃん、僕の分のズワイガニも食べて食べて」

「名山さん、勇次くんてウチのお母さんにも抱き着いて泣いたんだよ。あたしが側にいたのに。結構マザコンかもねー」

「勇次くん、あなた・・」

「あ、僕ちょっとトイレ行ってきます。あー、お腹も痛いかも――」


黙ったまま二人は僕を見送り、襖(ふすま)を閉めた途端に笑い声が聞こえてきた。

(マザコンで悪いかー!)

でも僕はこれで沙希ちゃんに隠し事は無くなった。
と思っていた――。




食事は楽しく進み、そろそろ、と言う時間になった。

「じゃあ、僕は大浴場に行ってから寝ます。明日は帰らなくちゃいけないし、二人もゆっくり寝ておいて下さいね」

「うん。あたし達もお風呂行ってから寝るよ。勇次くん、おやすみぃ」

< 113 / 202 >

この作品をシェア

pagetop