【件名:ゴール裏にいます】
幸にもベンチは一つだけ空いていた。
僕らは海に向かって設置されてあるベンチに揃って腰掛ける。
潮風が熱く火照った顔を撫でて行く。
僕は上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた。
今日の仕事は終わった。
重い荷物をやっと下ろせた。
そんな開放感に包まれていく。
「篠原さん、大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう。泣くだけ泣いたらスッキリしちゃった。それにしても勇次くん・・」
「なんです?」
「課長にあそこまで言っちゃって大丈夫?」
「まあ何とか・・わかりませんけど・・」
「勇次くんって頼りない担当さんだなって思ってたけど案外やるね」
「いやいや、勢いですよ。あんな交渉経験なかったし。まあ、上手くいったとは言えませんけど」
僕は缶コーヒーのプルリングを開け、一口飲んでから言った。
「篠原さん、これからどうするつもりですか?」
「う〜ん。私今日辞めるつもりで来たのね。でもさっきの勇次くん見てたらもうちょっとお世話になっても良いかなって思った。勇次くんが担当で良かったよ、ほんと」
「篠原さんに辞めてもらったら困りますよ。僕の担当からは外れるかも知れないけど取引先はA社だけじゃないんでなんとでもなります。安心して下さい」
「ありがとう。あ〜あ、私どこで間違えちゃったのかなぁ・・」
「篠原さんは間違ってなんかいないと思います。間違っているのはこんな世の中を造ってしまった僕らのずっと上の人達です。お子さん、小学生になったんでしたっけ?」
僕は話題を変えたくてつい子供の話しをしてしまった。
「そう、一年生。最近はあんまり一緒に遊んであげられなくて寂しい思いをさせちゃってる・・」
篠原さんはそう言うとバッグから煙草を取り出し口にくわえ、火を点けた。
フーッと細長い煙りを吐き、ハア・・っとため息をついた。
「煙草も止められなくて・・私母親失格だね。勇次くんは吸わないの?煙草」
「ええ、以前は吸ってた時期もありましたけど今は止めています」
「海・・気持ち良いねぇ。あの子連れて来てみようかなぁ」
「それは良いですね。喜ぶと思いますよ。篠原さんがんばり過ぎなんじゃないんですか?もっと楽に生きても良いんじゃないかなぁ」
「楽にか・・そうだね・・」