【件名:ゴール裏にいます】
「じゃあ生中二つですね。よろこんでー!」
まだ時間も早いせいか居酒屋『とり蔵(ぞう)』は空いていた。
いつもならネクタイ姿のサラリーマンで賑わっている店内も官公省庁が休みの為か今日は一人もいなかった。
お客は僕ら二人と家族連れの二組。
「うードキドキする・・」
「大丈夫ですか?あまり無理して飲まない方が良いですよ」
「ねぇビールって苦いんでしょ?」
「大人の苦さ、かな?」
「はーい!大人の苦さ二つ!お待ちどうさまっ!」
沙織ちゃんが付きだしの小鉢と生ビールを持って来る。
「今日はいつにも増して元気ですね、沙織ちゃん」
「そりゃそうよ。ちょっと良いかな?って思ってた男が女の子連れて来るんだから元気にもなるってもんですよお客さん」
「冗談ですよね?」
「当たり前じゃない!何間に受けてんの?沙希さん、今日はゆっくりしてって下さいね。食べる物決まったら呼んで下さい」
沙希ちゃんはちょっと呆気にとられながらも「ありがとう」と返した。
「じゃあ乾杯しましょうか?」
「何に乾杯する?」
「んー。じゃあ沙希ちゃんの初めての乾杯に乾杯しますか」
「何それ?」
僕らは笑いながらジョッキを合わせた。
「カンパーイ!」
沙希ちゃんがビアジョッキに口を付ける。
「ゴクッ・・ゴクッ・・ゴクッ・・」
「ちょ、大丈夫?苦くないですか?」
「フゥー・・苦いけど・・何かおいしい・・」
僕はこの娘は酒呑みになるなと思いながらジョッキの半分を一気に減らした。
「ねぇ、お酒が飲みたい気分ってどんな気分なの?」
「え?」
「ほら、メールに書いてあったじゃん。今日は僕も飲みたい気分だって」
「ああ・・自分の不甲斐なさと世間の理不尽さを知らされた時ですかねぇ・・」
「仕事で何かあった?」
「今は仕事の話しは良いですよ」
「悩んでたりする事があったらいつでも言ってね。あまり力にはなれないかも知れないけど」
「はい、その時は相談しますよ」
そこへ沙織ちゃんがやって来た。
「はい、これお父さんがサービスだって。ほんと女の子には甘いんだから」
と言って持って来た物は親父さん自慢の『鶏の煮付け』だった。