【件名:ゴール裏にいます】
「あたしシャワー浴びてくるね」
そう言って沙希ちゃんが立ち上がったのと同時に僕の携帯に着信があった。
(原田社長からだな?)
「沙希ちゃん、ちょっとシャワー待って下さい。迎えに来たようです」
「えっ?社長さん?」
僕は頷(うなず)きながら電話に出た。
「はい、もしもし勇次です」
「勇次くん?悪いんだけど、千尋下まで連れて来てくれない?この格好でエレベーター無しの3階はきつくって・・」
「はい、千尋ちゃん寝ちゃってますけど、大丈夫です。すぐに連れて降りますから」
「ごめんねぇ、お願いします・・」
(結構飲んでるな・・大丈夫じゃないのは社長の方かもな)
「何て?社長さん」
「ハイヤーで下まで来てるから千尋ちゃん連れて降りてくれって言ってます」
「起こした方が良いかな?千尋ちゃん」
「いや、このまま連れて行きましょう。僕が抱っこします。沙希ちゃんは荷物を持って来て下さい」
「うん、分かった」
寝入ってしまった千尋ちゃんは結構な重さだったが、何とか抱え上げ、階段で下まで運んだ。
黒塗りのハイヤーがハザードを点滅させ『メゾン・ciel』の前に停まっていた。
僕らが近付くと自動のドアが開き、中に原田社長の姿が見てとれた。
「勇次くんごめんね、ありがとう」
千尋ちゃんを原田社長に預けながら、僕の後ろにいた沙希ちゃんは荷物を持って立っていた。
「あら?そちらの方は?」
「あ・・こんばんは。臼村(うすむら)です。臼村沙希と言います・・」
「社長、僕の彼女です。今日は一緒に千尋ちゃんの事を見てくれてました」
「そう。どうもご迷惑さまでした。また改めてお礼しなくちゃね?」
「いえ、そんなのは良いんです。・・千尋ちゃんとってもいい子でした。楽しかったです。また一緒に遊ばせて下さい」
「もちろん。願ったり叶ったりだわ。今度うちにも遊びに来て下さいね。本当にありがとう」
「社長、通路の段ボールに気をつけて下さいね」
「だ、大丈夫よ。じゃあ失礼するわね。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
ハイヤーの赤いテールランプが角を曲がるまで二人で見送り、僕らは再びアパートの部屋へと入って行った。