【件名:ゴール裏にいます】
僕と沙希ちゃんは半ば追い出されるようにして居酒屋『とり蔵(ぞう)』を後にした。
沙織ちゃんのお見送りは今日は無しだ。
店を出ると辺りはすっかり夜の帳(とばり)が降りていた。
表に停めてあった自転車を見る。
まさかこんな事になるなんて思ってもみてなかった僕はこの自転車をどうしようか迷っていた。
「タクシーで帰りましょう」
ちょっと上擦った声の自分に驚いた。
(やばい、緊張してる・・)
「あたし歩きたいな・・」
沙希ちゃんが抑えた声で言う。
ここから僕のアパートまでは徒歩で20分位だろうか。
二人が酔っているのを考えても30分も歩けば充分だろう。
「30分位歩きますけど良いですか?」
「うん、酔い醒ましにはちょうど良いね」
「それもそうですね、じゃあ歩きましょうか」
僕の自転車には荷台がない。
あったとしても二人乗りなんて子供みたいな真似は出来ない。
ましてや酒を飲んでる以上、立派な飲酒運転だ。
僕らは歩き出した。
無言のまま。
僕は自転車の左横を、さらに左横に沙希ちゃんが歩いている。
(そう言えばアレどうしようなかなぁ・・?)
アレって言うのはもちろん『今度産む』の事。
生まれてからまだ一度も買った事も使った事もない。
(やっぱりいるよなぁ。沙希ちゃん持ってる訳ないだろうし)
等と考えていた。すると左隣を歩いていた沙希ちゃんが僕のTシャツの袖を急に掴んで言う。
「ねぇ、アレってある?」
消防署の交差点。ちょうど信号が赤になり立ち止まった時だった。
(沙希ちゃんも同じ事考えてたのか)
「アレってアレですよね・・ないです。ある訳ないじゃないですか、使うあてもないのに」
「そう?なの?」
「そうですよ、大体あんなの今まで使った事なんてないですから」
「使った事・・ない・・の?」
「ある訳・・ないじゃ・ないですか?」
「ちょ、何で疑問系?」
沙希ちゃんはお腹を抱えて笑い出した。まったく失礼極まりない。
すぐ先にコンビニの青い看板が見える。
「行きますか!」
「うん、行こ!」