【件名:ゴール裏にいます】
「沙希ちゃん入って良いですよ?」
リビングから寝室に声を掛けた。
「ちょっと来てー・・」
「何ですか?」
寝室のドアを開け彼女の方に顔を向ける。
乱れたベッドのシーツはきちんと伸ばされ、そこら辺に散らかっていたタオルやティッシュが綺麗に片付けられていた。
沙希ちゃんは裸のままベッドの上で正座をして僕を睨んでいる。
「お願いがあるの、聞いてくれる?」
「僕に出来る事なら何でも」
「あのね、その沙希ちゃんって言うの辞めて欲しいの。あたしを見て。子供扱いはや・め・て」
「別に子供扱いしている訳じゃないですけど」
「その敬語も辞めて欲しいの。あたしの方が年下なんだし、もっと年上らしくしてち・ょ・う・だ・い」
「年上らしくないですか?って、言ってる事が矛盾してません?」
彼女がなぜ怒っているのか理解出来ないでいた。
僕がシャワーを浴びている間に何があったと言うのだろうか。
「とにかく。今あたしが言った事を約束して!お風呂、行ってきます」
沙希ちゃんは素っ裸のまま僕の脇を擦り抜けて浴室へと入って行ってしまった。
僕はなんだかなぁ、と思いつつベッドに腰掛けタオルで頭を拭いていた。
ふと、オーディオプレイヤーの上を見ると、いつも立て掛けてあった写真立てが伏せて置いてあった。
(なるほど、これを見たのか)
写真立てには一枚の女性が写っている写真が飾られている。
僕の母親の30歳の記念に撮られた写真だった。
知らない人が見れば恋人の写真を飾ってあると勘違いするのも無理はないだろう。
僕は写真立てをタオルで拭き、元の場所にまた立て掛けた。
(沙希ちゃんにはきちんと説明した方が良さそうだな)
僕の母親は3年前に他界した。
僕を大学に通わせる為、水商売に足を踏み入れた矢先の事だった。
昼間は僕の父親と一緒に家業である水産業を営み、夜は小さな小料理屋を一人で切り盛りしていた。
小料理屋の評判は良く、全てがうまくいっていた、と思っていた。
当時、名古屋の大学に通っていた僕は母親の死に目に間に合わず、後悔をしたのを覚えている。
葬儀の最中に祭壇の前に立った僕に母親は「おかえり!」とは言ってくれなかった。