【件名:ゴール裏にいます】
「さあ?僕も何も聞かされてなくってね。支社長なら知っているだろうがあいにく今日は連絡が取れない。君、悪いがA社に出向いて滝課長に面会してきてくれ」
(あのハゲ課長め!やってくれる・・)
僕は「わかりました」と返事をし重役室を出た。
(何かがおかしい。何があったんだ?)
「よう、おはよう!」
目の前に権田先輩が立っていた。
他にも数名の社員が出勤して来ている。
「おはようございます、先輩」
「ん?どうした暗い顔して。土曜日はお楽しみだったみたいじゃねーか」
「え?何の事です?土曜日はA社に行ってましたが」
「しらばっくれてんじゃねーよ。『とり蔵(ぞう)』の沙織から聞いたよ。俺と入れ違ったみたいだけどな」
(先輩はいつものコースを土曜日も行っていたのか)
「僕、ちょっと時間ないんで。話しの続きはまた聞きます」
先輩から逃れるように話を切り上げ、ビジネスバッグを抱え上げた。
ホワイトボードの『出先』の欄にA社と書き込み『帰社予定』を12:00とした。
アルバイトの那比嘉(なひか)さんから社用車のキーを受け取り、事務所を出る。
「いってらっしゃい」
背中に那比嘉さんの声がぶつかる。
「行ってきます」
僕がエレベーターを呼ぶ為に下ボタンを押したところだった。
9:30 A社
僕は滝課長を訪ねて製造部の建屋事務所にいた。
朝のミーティングの為に10分程待たされた後、滝課長の姿が現れた。
「連日すまないねぇ。二人も一辺に退職者が出るなんて思ってもみなかったから慌てちゃってねぇ」
(てめぇの差し金だろうが!)
言いたいのを堪えて「それで?」と返した。
滝課長の話はこうだ。
ベテラン派遣社員の二名に一度に辞められて、このままでは生産も覚束ない。
ついては早急に三名の補充をして貰いたい。
貴社にペナルティーは課さない。
(二名辞めて何で三名の補充なんだろ?確かに二人はこの仕事に慣れてはいたが、いくら新人でも10日も勤めればそれなりの働きはするだろうに)
僕はふに落ちなかったが、取引先の意向は無視できない。
「篠原さんの代わりの一名はすぐにでもこちらに連れて来ます。他の二名も早急に対処致します」