【件名:ゴール裏にいます】

何事もなく一日の業務が終わろうとしていた。
外回りはA社とB社に変わった事はないかと訪ねただけで、後の時間はデスクワークに費やした。

退社前に権田さんから声が掛かった。

「勇次、今日付き合わんか?」

「すいません。今日は今からサッカーの試合なんです」

「何だお前、サッカー始めたの?」

「違いますよ。Jリーグの観戦です」

「ああ、トリニータな」

「そう言う訳なんで、また今度付き合いますから」

「しょうがねーな。じゃあ一人で『とり蔵(ぞう)』でも行くかな・・あ、ねぇ、那比嘉ちゃんどう?これから」

「えと、私も今日はちょっと・・」

「何だよみんなして・・」

僕は帰る準備をしてエレベーターへ向かう。

「お疲れ様でしたー」

「おつかれさまです」

僕がエレベーターに乗り込むと、駆け込みで那比嘉さんが乗って来た。

「あ、おつかれさまでした・・」

「お疲れ様です」

「あの!今日のサッカーって何時からですか?」

「ん?19:00からですけど、サッカー好きなんですか?」

「いえ、私じゃないんですけど、弟が・・」

「そう。あ、場所知ってます?陸上競技場」

「えと、タクシーで行くから大丈夫です・・」

「そう・・ですよね」

「あの!お一人で行くんですか?」

「いえ、知り合いと一緒です。前から誘われてたんですけど、今日が初めての観戦なんですよ」

「あ・・そうですか・・」

「じゃあ、ちょっと急いでるんで」

僕はそう言って自転車に飛び乗った。

沙希ちゃんはもう僕のアパートに着いた頃だろうか?
昼休みの電話の時に18:00過ぎにアパートの前で待ってると言っていた。

僕はサッカーもそうだが、沙希ちゃんに逢える嬉しさで自転車を飛ばせるだけ飛ばした。

市街中心部から舞鶴橋にかけて青いトリニータの服を着た人を沢山見掛けた。

(今まで気付かなかったけど、サッカー観戦に行く人って結構いるんだな・・)

青い服の人達を避けながら僕は自転車を進めた。

舞鶴橋東の信号を右折すると僕のアパート『メゾン・ciel』はもう目と鼻の先だ。

アパートの前に白いライフが停まっているのが見える。

沙希ちゃんだ。

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