【件名:ゴール裏にいます】
「・・と、ここか・・」

メモ書きにあった通りに僕は都町へとやって来た。
帰りは那比嘉さんとエレベーターで鉢合わせにならないように時間をずらして退社した。

バスに揺られ、一度アパートに帰ってからラフな服装に着替えて自転車に乗ってここまで来る。

時間は約束の5分前だった。

探していたビルはすぐに見つかり、階段を使って二階に上がる。
上がり着いたすぐ目の前にその店はあった。

『SHOT BAR 薫(くん)』

僕は店の前まで来ると携帯を取り出す。

(電源は切ってるな・・)

店の前の看板にはまだ灯は着いていない。

(時間・・合ってるよな)

恐る恐る店のドアを引くと、何の抵抗も無くドアは開いた。

中には赤いドレスを着た女の人が一人カウンター席で煙草を吸っている。

「すいません、待ち合わせなんですけど良いですか?」

僕の声にその女性が振り向く。

那比嘉さんだった。

彼女は会社とは別人のように厚い化粧をして胸の大きく開いた赤いドレスを着ていた。

どう見ても水商売の女の人だ。

「な、那比嘉さん?」

「お待ちしていたわ、勇次くん」

そう言って彼女はドアの側まで来ると後ろ手に鍵を掛けた。

「ちょ・・」

「さあ、こちらへどうぞ」

彼女は僕の腕を取ると、カウンター席に誘(いざな)った。

「あの!鍵!」

「ああ、大丈夫よ。ここは私のママのお店なの。9時まで誰も来ないわ」

そう言うと彼女はカウンターの中に入り有線のスイッチを入れた。

店の中にジャズが流れる。

「何か作りましょうか?」

「じゃあ水で」

「あら?お酒は飲まないの?」

「僕は気が許せる人としかお酒は飲みませんから」

「来た早々ご挨拶だわね」

彼女はクックックと笑った。

「まあ良いわ。私はいただきますから」

シェーカに氷と透明な液体を入れ慣れた手つきでシェイクする那比嘉さん。
カクテルグラスに注ぎライムを絞り入れる。

『ダイリキ』

彼女は自分で作ったカクテルとミネラルウォーターを注いだグラスをカウンターに並べると僕の隣に腰を降ろした。

カクテルを一口飲み「お・い・し・い」と呟いた。

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