【件名:ゴール裏にいます】

「ドン!ドン!ドン!!」

太鼓が打ち鳴らされた。
一斉に立ち上がるゴール裏のサポーター達。

「今日も勝たせるぞ!みんなよろしく!」

コールリーダーが大声を張り上げる。

「うおォォォ!」

それに答えるように雄叫びを上げるサポーター達。

息はピッタリだ。

僕も見様見真似で拳を突き上げ、なにもかも忘れようと大声で叫んだ。

『トリニータ!(ドドンドドンドン)トリニータ!(ドドンドドンドン)トリニータ!(ドドンドドンドン)トリニータ!』


試合開始のホイッスルが吹かれた―――。




序盤からホームの大分ペースで優位にゲームは進む。

僕はこの試合にある一つの賭けをしていた。

(もしこの試合、トリニータが負ける事になれば全てを諦めて本社に行こう。だが川崎に勝ったら辞表を叩き付けてあんな会社辞めてやる!)

冗談ではなく、僕はこの時本気でそう思っていたんだ。

何故なら―――。

会社の本社は神奈川県川崎市にあったから。

川崎が勝てば川崎に。
大分が勝ったなら大分に残る。

後の事はあまり考えてはいなかった。

僕はトリニータを必死で応援した。

大分に残って沙希ちゃんと一緒にいたい。もっと沙希ちゃんの事を知りたい。

もっと沙希ちゃんと身体を重ねたかった。

しかし、そこに社会人としての責任が顔を覗かせる。

(やっとの思いで就職したのに半年位で諦めて良いのか?そんな中途半端な人生を歩むのか?)

僕は想いの狭間で揺れていた。

この事はまだ誰にも話してはいなかった。




大分ペースで試合は運んでいるものの、あと一歩のところでゴールを入れる事が出来ない。



そのまま前半は終わった。

僕は喉が渇いたのと、煙草を吸う為に長い階段を昇って行った。
売店でアクエリアスを買い、喫煙所でマルボロを口にくわえた。

使い捨てライターで煙草に火を点けようと何度かカシャカシャやってみたが、さっぱり火は点かなかった。

目の前にいた人にライターを借りようと声を掛ける。

その人はさっき僕の前で太鼓を叩いていたサポーターズクラブの会長さんだった。

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