【件名:ゴール裏にいます】
土曜日の朝、僕はいつものように起きだし、いつも以上に念入りに歯を磨いた。
派遣先への訪問は午前10時の予定だったが、当事者である篠原さんを途中でピックアップしなければならなかった。
篠原さんとは会社の入っているビルの前で待ち合わせている。
昨日の電話であらかじめ、事の成り行きは聞いておいたが、やはりきちんと会って話を聞くべきだと思い、午前9時に待ち合わせてある。
近くのファミレスにでも行き、話を聞く事になるだろう。
僕は仕事では乗る事のないステーションワゴンでアパートを出た。
午前9時ちょうどに会社の前に着くと、篠原さんは既に待っていた。
駐車場にステーションワゴンを止め、篠原さんに一言断ってから郵便受けをチェックした。
一番の新米である僕の日課であった。
さすがにこの時間では配達物は無かったが、時には派遣社員の辞職表が入っていたりするから油断は出来ない。
仕事に疲れた派遣社員が休日を狙ってこっそりと辞職表を置いて突然に姿をくらましてしまう。
この業界では珍しくもなんともない出来事だった。
まだまだ派遣社員に対する世間の風当たりは冷たい。
派遣社員がいなければ困ってしまう世の中を造ったのは冷たくしている本人達なのに。
「お待たせしてしまいましたね。行きましょうか」
ステーションワゴンの助手席を開け、篠原さんに乗るのを促した。
「どうも・・」
篠原さんは低い声でそう言うと助手席のシートに収まった。
普段は姐御肌の篠原さんもさすがに参ってしまっている様子で、表情は固く強張っている。
もしかしたらその懐には辞職表を忍ばせているのかも知れない。
それだけは何としても食い止めたかった。
篠原さんの話を聞く分において彼女に非は無い。
僕はそう感じていた。
ただ問題はデリケートで片方の意見だけを聞いて判断するのはあまりにもリスクは大きい。
わざわざ休日出勤手当を払ってまでの事はしなければいけない。
これは会社としての総意だった。
篠原さんにとって気分の良い事では無いだろうが、僕は彼女を辞めさせるつもりは毛頭なかった。
「ジョイフルで良いですよね」
僕は彼女の返事を聞く前に車を走らせていた。