【件名:ゴール裏にいます】
「じゃあそろそろ向かいましょうか」
僕は伝票をつまみ上げレジへと移動し会計を済ませた。
午前9時40分。
ここから派遣先のA社までは車で10分程だ。
時間的には余裕があったが、早目に着く分には問題ないだろう。
僕はA社の他にB社を担当にしていた。
二つの会社には100名程の派遣社員が在職している。
そのほとんどが女性の派遣社員でまかなっていた。
そう聞いてうらやましがる方もいるだろうが、とんでもない。
仕事と言うのは甘くないものだ。
まあその話はおいおい語るとしよう。
A社には約束の時間10分前に着いた。正門で受け付けを済ませ、派遣先の建屋まで歩いて向かう。
休日の工場は不気味な位に静かだ。
就業時の工場通路は大型トラックやフォークリフトなどが走り、よっぽどの注意をしていなければ危険な場所である。
その通路も今日に至っては自転車の一台も走っていなかった。
僕の少し後ろを歩いている篠原さんは終始無言で、その表情は雲っていた。
建屋前に着くと、一台の黒いトヨタが目に入った。
今日面会予定の滝課長の自家用車だろう。
案の定、建屋の奥の事務所には電気が灯り、人の気配がした。
二人で入口へと回り、事務所のドアを引いた。
「おはようございます。お疲れ様です」
滝課長は一人で事務所のソファーに座り、何やら書類の整理をしているところだった。
その出で立ちはポロシャツにチノパンと、いかにも今からゴルフに行きますよ、って格好だった。
僕はビジネススーツにネクタイ。
篠原さんは面会の時に着て来たスーツ姿、にも係わらずだ。
「よう、しばらくぶりだねぇ。たまには顔出さなきゃ」
早速の嫌味で迎えられた。
「すいません。こちらの方は篠原がしっかり見ているもので安心しちゃってまして」
「ま、まあ、座りなさいよ」
「失礼します」
僕と篠原さんは並んで、課長の対面のソファーへと腰を下ろした。
「今日は滝課長お一人ですか?」
「あ、うん。彼女の方がちょっと都合悪くなっちゃってねぇ。今日は私一人だ」
「そんな!」
篠原さんが身を乗り出すようにして声を上げる。
「まあ何だ。彼女からは話は聞いている。少々行き違いがあったみたいだが」