first contact
「そんな時くらい、人に頼らないでどうすんの」

ぴしゃりと言い返すと、彼女は再び押し黙ってしまった。
どんな顔をしているのかは、分からない。

歩き進んでいくうちに、駅前から外れ、すっかり明かりの少ない路地に来ていた。
薄暗い外灯が、ぽつりぽつりとずっとこの先の道を照らしている。


「お金は貸さない。送ってあげるから」


俺の声と俺の足音。
それだけが路地に響いていて、何だか、世界に俺しかいないみたいだった。

だけど、そうじゃないと感じるのは、背中の上の体温が確かに服を通して伝ってきているからだ。

お互いに熱を与え合っては、じわりと汗が滲んでいく。
蒸し暑い空気と彼女の体温が、俺の体力を蝕んでいるような気さえもした。

これが冬だったらきっとロマンチックで暖かい思い出話として、いつか話せるのかもしれないけれど。


うなじに彼女の肌が当たる。
少し汗ばんでいるのは、俺か、彼女か。
彼女が額か何かをぎゅっと押さえ付けると、背中に汗が滲んだような気がした。


「……ありがとう」


小さくて聞き逃してしまいそうな声だった。
それでも、聞き逃さなかったのは、彼女の微かな熱い吐息が、服の上から伝わってきたからなのか。

「いいえ」

小さく笑うと、口を結ぼうとしても、口元が緩んだまま、元に戻らなくなってしまった。


頭を垂れているせいか、今宵の夜空は拝めそうにない。
視線の先は灰色で、人工的な地面ばかりだ。
後ろの彼女が見える景色も、俺の背ばかりで面白くはないだろう。


黙ったまま、俺の足音だけが響く。

空の景色は見えないけれど、二人で同じ音を聞いているのなら、今宵の帰路も悪くはないかもしれない。

ぼんやりと、そう思った。




――それから、彼女に恋をするのは、まだもう少し未来のお話――




スピカ -first contact-


*fin*

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