first contact
「改めて、よろしくお願いします」

畏まって頭を下げた。
顔を上げると、目の前にいる中年女性がはほんのり頬を赤らめている。
彼女は満希さん、今日からお世話になる、このアパートの大家だ。

「いいえ。困った事があれば何でも言ってちょうだいね」

そう言って温かく微笑む。
母親とは似つかない顔立ちや表情ではあったけれど、俺はこの人の雰囲気がとても好きだった。

大家である満希さんは、いい人だと思う。何となく。
家賃がどうのこうのでイビリに遭う事は、まず、なさそうだ。


にこりと微笑みを返すと、満希さんは少女のように耳を赤く染め、照れたように笑った。

「おばさんも楸君みたいな男前が来てくれて嬉しいわぁ。いつでも遊びに来てね」

いかにも“おばさん”らしい仕種で俺の肩を叩く満希さんは、こんなにも可愛らしいのに、やっぱり“おばさん”なのである。


「ありがとうございます」

こういう時、どういった顔をすればいいのかは、もう身体が知っていて。
意識しなくとも、自然と表情を作っていた。
頬を緩ませると、満希さんは照れたように再び黙りこくってしまった。

もう少し若くて子持ちじゃないなら、手を出してしまったかもしれない。……なんて不埒な。


「じゃあ、まだ片付けがあるんで、今日は失礼します」

もう少し話していてもよかったが、ペコリと頭を軽く下げて話を切り上げる。
今日中に、部屋に眠れるスペースを作っておきたいのだ。

満希さんが「そうね」と挨拶を返す。
それを聞き流しながら、俺はその場を去ろうとした。
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