【鬼短2.】鬼売り
「私に?」



お桐はびっくりして聞き返しました。

…呉服屋や小間物屋なら、取引きした事がある。

だが、今勝手口に立っている若者は…そういう、優美な物を商う者には見えません。


穴の開いた編笠かぶり、つぎのあたったボロを着て、泥だらけの脚半と鞋をつけ、背中には大きなつづら…



「…何の御用じゃ。」



いささか剣呑な目つきでお桐が言うと、商人はへこりと頭を下げました。



「こんな身なりをしておりますが、怪しい者ではございません。
お嬢様にきっと要り用のお品を、お持ちしたのでございます。」



そんな、不思議な言い方をするのです。
櫛なら櫛、反物なら反物、と はっきり言えばいいものを。


お桐は、その謎めいた言い回しで、少し興が沸いてきました。



「…私に要り用、とは?」


「近く御輿入れなさるとか。そういう方に是非に使って頂きたい物でございます。」



そう、耳に心地良い、涼しげな声で商人は答えます。

…嫁入り道具の何か、ということでしょうか?
全く話が分かりません。






お桐はますます、その何かを知りたくなってしまいました。

しかし、武家の姫がそう軽々しく好奇心を見せてははしたない。

努めて穏やかな口調で、微笑みすら浮かべず、お桐は商人を手招きました。



「入られませ。…その要り用の物とやらを、見せて下さいませな。」




またひとつ頭を下げると―

商人は敷居をまたぎ、土間に入って来ました。




そしてお桐が座っている板間のすぐ傍に片膝をつき、大きな大きなつづらを下ろし。




そして、お桐を見上げてにこりと笑って言いました。





「このつづらに入りたるは、鬼でございます。」







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