スカーレット
一体旧・紀子はどれだけ不幸な人生を歩んできたというのか。
「思い出さなくていい」
は、事故で記憶喪失になってしまったのが、
「ある意味ラッキー」
と言われているようで、気に入らない。
コーヒーをすすっていると、キッチンの方で勝彦の携帯が鳴り出した。
「やべ、会社の携帯だ」
慌てて電話に出た彼。
そういえば、私、携帯とか持ってるのかな?
持ってるよな、旧・紀子が普通の人だったら。
持っていたとしても、アドレス帳に入っている人なんて、誰も覚えていないだろうけど。
「はい、失礼しますー」
ピッという音と共に勝彦がこちらに戻ってきた。
「あ、そういえば携帯は? 持ってきた?」
首を横に振ると、
「明日実家に取りに行きなよ」
「うん。そうする」
やっぱり、持ってるんだ。
自分の番号も、メールアドレスも、使っているキャリアでさえ覚えていないけど。