スカーレット
医者が私に不自然な笑顔を向けた。
「初めまして。私、この病院の医師をやっております、崎田と申します」
彼の左胸には、確かに崎田というネームプレートがある。
「はぁ、初めまして」
「お名前、教えていただけませんか?」
「はい。えっと……。えっと……」
あれ?
私の名前、何だっけ?
やだ、うそ。
思い出せない。
え? 何?
私、誰……?
自分が何者なのか思い出せない私は、パニックに陥り「え?」とか「あれ?」しか言えなかった。
答えが出ない代わりに、涙が出る。
「紀子、わからないの?」
当然のように名前を呼ばれたが、しっくり来ない。
切羽詰ったおばさんの表情を見るのが辛い。
辛いというより、怖い。
「私のことも、わからない?」
涙を流しながら頷くと、おばさんの顔はみるみる歪み、声を上げて泣き始めた。