スカーレット
それから約一時間後、私はさっきのおばさんと一緒に診察室にいた。
「いわゆる、記憶喪失です」
私は一時間の間に、下らないことやプライベートなことまで色々聞かれ、計算問題などもさせられた。
結果、記憶喪失だとわかったらしい。
「日常生活の知識はあるみたいなので、一般的な生活を送ることはできます。しかし自分のことは全て忘れてしまっています。家族や友人などを含め、これまでに自分がどのような人生を歩んできたか、一切覚えていないようです」
このおばさんは、どうやら私の母親らしい。
崎田先生の話がショックだったのか、手が震えている。
「記憶は戻りますか?」
「何とも言えません。生活しているうちに、ふとしたきっかけで思い出すこともありますし、思い出さないかもしれません」
答えは頼りなく、曖昧。
不思議な感じだ。
おばさんは凄くショックを受けているようだが、当の本人である私には自覚がない。
単に知らない人だらけの場所に放り込まれたような、そんな感じ。
自分のこともわからないから、誰か別の人間と脳ミソだけ入れ替わったような感じもした。
そういう映画があったような気もするが、それも思い出せない。