スカーレット
翌朝、目覚めても記憶は戻っていなかった。
「あら、今日は顔色がいいわね」
午前中のうちに、母が見舞いにやってきた。
「でも、何も思い出せてなくて……」
「焦らなくたっていいのよ」
昨日の泣き顔とは打って変わって、気持ちの良い笑顔に安心する。
母は椅子を引っ張り出し、ナイフでリンゴを剥きはじめた。
私は手元にある鏡で自分の顔を見て、母の顔と見比べてみた。
確かに、少し似ている気がする。
「鏡、好きなの?」
母の問いに、首を横に振った。
「自分の顔、こうしないと覚えられないから」
鏡に映るこの人物が自分だなんて実感が湧かない。
しかし、私が動けば、鏡に映った人物も同じように動く。
自分で間違いないのだ。
「うふふ。どう? 自分の顔は」
「うーん、もう少し美人がよかった」
私の下らない冗談に笑う母。
この人が母親だというのは、雰囲気から何となくわかる気がした。