ヤバいくらいに溺れてる
「はん、そうよねえ。馬鹿女に欲情するほど、程度の低いモデルさんじゃあ、ありませんものねえ」

あたしは嫌味をたっぷり込めて口を開くと、立ち上がって紫色のワンピースとカーディガンを整えた

「あたしだって…我儘で人使いの荒い男に抱かれたいなんて思わないしぃ。あたしを好きだって言ってくれる男は他にいるしねえ。そういう人に抱かれたほうが、幸せよ」

背を向けている陽向の肩がびくっと動いた

「あんた…俺が言った言葉、まだ理解してねえだろ?」

「は?」

「俺の嫌がる行為をするなって言ったばかりだ。今度言ったら、その分給料をカットしてやる」

あたしは肩にかけている鞄を手に持つと、陽向の頭に目がけて放り投げた

あたしの鞄は、見事、陽向の脳天に当たると静かに床に落ちた

「いってなあ! 何しやがんだよ」

「モデルだからって偉そうにしてんじゃないわよ。あたし、やっぱりマネはできない。あんたみたいなのといると息が詰まる。窒息死しそうよっ」

あたしは床にある自分の鞄を引っ掴むと、大股でホテルの部屋を出て行った

エレベータで降りたい…けど、部屋から出てきた陽向と顔を合わせなんて絶対にイヤ

あたしは非常階段のドアを開けると、鼻息を荒くして、一階まで降りて行った

何なのよ、あいつっ!

あたしが好きなら、好きって言いなさいよ

好きじゃないなら、さっさと嫌いになって目の前から消えればいいのよ

モデルなんて、あたしから見たら所詮、遠い世界の人なんだから

雑誌でお見かけるするくらいのほうがいいのよ

煎餅かじりながら、ワイドショーで騒がれるスキャンダルを横目に、「馬鹿ねー」って笑っているのが一番いいのよ

「あ、そっか。普通のバイトを探せばいいのか。わざわざコネのある仕事場じゃなくて、コンビニとかレストランとか。ああ、可愛い制服のレストランってのがいいなあ。スカートが短くて、ふりふりのエプロンして…」

「ちょっと待てよ。俺がそんなバイト、許さねえ」

階段を駆け下りてきた陽向が、息をきらしてあたしの手首を掴んだ

「なによ。あたしがどこでどんなバイトをしようが関係ないでしょ」

掴まれた手をあたしはぶんぶんと振りまわした
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