あたしが眠りにつく前に
「………」

 重々しい空気が漂い出すのが分かる。帆高は無言のまま、難しい表情でこちらを見つめている。

「だ~いじょうぶだって。別に他はどこも悪くないんだよ? 今までだって大きな病気一つなったことないんだからさ」

「でもな…」

 珠結の軽い口調とは裏腹に、帆高の表情はより歪んでいく。瞳が暗く、沈んでいく。

 あ…、いやだ。光が、揺らぐ。

「帆高、あたしが普通じゃないのは前々から。充分知ってるでしょ?」

 同年代の子達と比べて、睡眠時間は長めだったと思う。幼稚園児の時は昼寝も含めて毎日14時間だった。睡眠を積極的に求めてしまう傾向は、今も昔も変わっていない。

今思うと、あの寝付きの良さはどうなのか。幼子には珍しくないにしても、高校生になった今でもそれは引き継がれている。

目を閉じて一瞬で熟睡できてしまうのは厄介な話だ。かの国民的アニメのグータラメガネ少年はともかく。

 幼い頃からすでに兆候が表れていたのかどうかについての結論は出ずじまい。それは誰にも分からないし、何かが変わるわけでもない。自分が異質だと分かっているため、このおかしな状態にうろたえるつもりはない。

『一般人の“特異”があたしの“普通”』

 そう達観して…いや、諦めている自分はサメテイルのか。

「…だな、珠結は普通じゃない。何しろ一世一代の受験日に受験票を忘れた、とんでもないバカだからな」

「そーいう意味じゃなくて…って、また言う? ちゃんと取りに戻って、開始時間に間に合ったもん! それにあたしはそれほどのバカじゃないっ。テストの順位は……まあまあ、だし」

「半分よりほんっの少し上なんだから、そうなんだろうな。…俺が教えてるんだから、本当はもっと良くてもいいはずなんだけど? まぁ、俺に一生適わないないことには変わりないけどな」

 帆高は言葉を一部強調し、口角を上げてニヤリと笑った。珠結はその肩を思いっ切り叩くも「痒くもないから」と一蹴され、無駄な反撃に終わった。

 良かった。言い合いをしながら、笑顔の戻った帆高に安堵する。きっと帆高もあえて笑い話を持ち上げて、話の流れを逸らした。睡眠の現実を暗く考えたくない。珠結がそう、望んでいたから。

口を開けばケンカを売っているような物言いの幼馴染は、思いも空気も読むのが聡い。だからこうして、いつもどおりの二人に戻れる。

 再び箸を動かして真っ先に口に運んだのは母特製のお気に入りのオムレツ。口の中いっぱいに、バターの香ばしさと砂糖の甘い味が広がる。

「早く食っちゃえよ。日、暮れるぞ」

「あと、ちょっと~」

 珠結は残りの白飯を掻き込むと、弁当箱を手早く包んだ。
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