あたしが眠りにつく前に
「お~い、生きてる?」

 え? 振り返れば、左頬に指が突き刺さる。

「…那智ちゃんか。生きてるよ、ちゃんと。どしたの」

「いやあさ、珠結の魂が昇天してるって聞いたから、確かめにきたの」

 誰がそんなこと、言いかけた途端に背中への突然の圧迫。熱を帯びた負荷は後方少し斜め上から加わっている。これが何の仕業か、珠結はすぐに予想がついた。

「…里紗、重ーいっ」

「ふふ、驚いたー?」

 那智とハイタッチすると、里紗は珠結の背中を解放して珠結の隣に並んで座る。

「いきなり頬っぺた刺されるのと、のしかかられるの、心臓に悪いんだけど」

「まぁまぁ。だって珠結って何となく、ちょっかいかけたくなるんだもん」

「ね。珠結は反応薄いけど、いつも成功するからね。鈍くて同じ事に何回も引っかかってくれるし」

 反省などもっての外な明るい声で、二人はニイっと笑う。那智は進級して新しくできた友達で、里紗の去年のクラスメートだった。まさに類は友を呼ぶを体言化した二人だ。

「さて、用は済んだし戻るねー」

 手を振って校舎へと駆けて行く那智を見送ると、珠結は鉛筆を握り直した。目下のスケッチブックには描きかけの桜の木。座っている芝生の上には手付かずの絵の具セット。

「すっかり葉桜になっちゃったね。木の下、涼しそー。でも桜って虫が付きやすいんだよね、毛虫とか。特にあの黄緑色でイガイガした変なやつ! あれ、刺されたらすっごく痛いんだって~」

「…さすがに消毒してるでしょ。なんか描く気が失せてきたんだけど…。そっちは何描いてるの?」

「体育館。本当はテニスコート描きたかったけど、わざわざネット張るのもね~」

「へ~、って里紗、こんなところで油売ってていいの?」

「色付けも始めてるし、次の時間で余裕で終わっちゃうよ。わたしのことより、我が身を心配したほうがいいんじゃない? 全然進んでないじゃん。またうたた寝してたんでしょ~」

 美術の授業は3限、4限と2時間連続で組まれ、毎回出される課題をその日のうちに提出するシステムとなっている。今日の課題は‘学校の好きな風景’のスケッチ。

「どうだろ。そうなのかな。いつからこうしてたのか全然覚えてないんだよね。里紗、知ってる?」

「知らないよっ! 珠結、先週の課題もまだ出してないんでしょ? せっかく先生が特例で今週まで待ってくれてるのに」

「去年の先生ならともかく、あのSに限ってどういう風の吹き回しやら。欠席だから、後日提出は認めてくれないと思ってた。その代わりめんどい雑用の条件付きだけど」

「そんなの安いもんでしょ~、良かったじゃん。見返りのつもりだろうけど、悪意は無いんだし」

「あってたまるかっての。…まぁ、ひとまず、先週の分はできてるから大丈夫」

 見せて! との里紗の催促に珠結はイヤと即答する。見せられるものか、あんな絵。
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