あたしが眠りにつく前に
「それにしても、あっついね~今日。珠結も袖まくったら?」

「ううん、あたしはそんなに気にならないし。まさかこんなに日差しが強くなるとは思わなかったね。腕、焼けない?」

「わたしは今更だよ。年中、外でボール追いかけて走り回ってるんだもん。日焼け止めなんてムダムダ。逆に珠結は白いよね~、いっそ焼いたほうが丁度いいんじゃない?」

「わざわざ焼くのは遠慮しとく、痛いのイヤだし。さて、いい加減に始めるかな」

 木自体は描けている。あとは周辺の景色だが、まだ全体の半分にも満たない。この1時間、何をしていたのやら。いや、していなかったというのが正解だ。
「時間内に終わりそう?」

「微妙かな。いいよ、いざとなったら昼休みも持ち越すつもりだから」

「……ご飯、今日も食べないの」

「食欲無いんだよね、一足早い夏バテかも。でもイチゴオレさえあれば十分十分。これは別腹って感じだからさ」

 そこで会話が途切れた。珠結がキャンバスから顔を上げると、里紗はボロボロと涙を零していた。

「え? ええ!? なんで泣いてるの!? どうしたの、急に!!」

「だ、だって。珠結、絶対何か隠してて、辛そうで。わたし達、友達なのに全然話してくれないし。…ううっ、イチゴオレ1つで体もつとか…一体どこぞのスイーツ女子なのおっ」

 しゃくり出し、最後のほうは何を言っているのか分からなくなってきた里紗に戸惑いつつハンカチを渡す。鼻をすする程度に落ち着くまでに数分ほど要した。 

「あー、よく分かんないけど、あたしの心配をしてくれてるんだよね。でもあたしは別に…」

「また、誤魔化すんだね。…ねえ、今日こそは聞かせてよ」

 ウサギのように真っ赤な目と真剣な表情で、里紗が珠結の瞳を覗き込む。

「今、体重何キロ?」

 去年の身体測定時に比べ身長は2cm伸びたが、元々軽めだった体重は40kgをとうに下回り、痩せすぎの域に至った。ダイエットに励んだ結果、などではない。

「今月だけで何日休んだ? 遅刻・早退の数は? 最後に体育の授業に出たのはいつ? 昨日のご飯は何食べた? …教えてよ、珠結」

 珠結は沈黙を守り続ける。聞いておきながら、里紗はいずれの答えも知っている。最後の質問の答えだけは、直接見ていなくともきっと当っている。誤魔化せはしまい。目を逸らせないし、逃げられない。

「珠結は何を抱えてるの? やだよ、どこにも行かないで」

 里紗の頬に、再び涙が伝う。後方の教室から、一斉に冊子を閉じる音や筆記用具を置く音がした。鐘が、鳴った。

「里紗……」

「一人で悩まないで、平気そうに笑わないで。いっそ、泣いてくれればいいのに。わたしじゃ、話してもしょうがないと思った? 皆、何となくでも気づいてるよ。今の珠結は少し目を逸らしたら、パッと消えちゃいそうで。怖いよ…とても」
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