あたしが眠りにつく前に
里紗は珠結の袖を掴んで唇を噛み締める。
「あたし、そんなに普通に見えなかった?」
「毎日ちゃんと鏡見てる? 長袖や膝丈スカートで隠してるつもりだろうけど、顔はそうはいかないよ。ほっそりしてるけどやつれてるように見えるし、肌は色白を超えて青白いってレベルだし。あと春休みでも遊びの誘いに乗らないし、メールはほとんど返ってこない。那智以外の新しい友達を自分から作ろうとも、人とまともに関わろうともしてない気もするし。…他にもあるよ、言ったげようか?」
珠結は慌てて首を振った。彼女は人をよく見ている。対照的に自分はズバズバと指摘されて、普通から外れていたのだと思い知らされた。自分自身のことだというのに、ここまで鈍ってしまっていたなんて。頬に触れても、柔らかさは感じられない。
「ここ1、2ヶ月で急にだよね。ずっと前から違和感はあったけど、ちょっと変だなってぐらいだったし」
「ずっと前から?」
「もう一人、気づいてた人いるよ。本田さん。拒食症を疑ってた。ほら、珠結が掃除の時間に倒れこんだ時。掴んだ腕が細すぎて、いやに軽く感じたって」
去年同じクラスの保健委員だった彼女。直後の彼女の表情の謎が解けた。どうりでそれ以後、お弁当のおかずやお菓子やらを、里紗と共にさりげなく勧めてくることが多かった。無理するな、と何かと気にかけてくれていた気もする。
「珠結は隠そう、ってオーラ出しまくってたから、気づかないふりしてきたけど限界だよ。珠結をそこまで追い詰めてるものは何なの? ねえ、ねえ……!!」
だんまりを通そうと思えばできた。心の中では言いたくないとダダをこねる自分がいる。彼女を巻き込みたくはない。けれどもこの状況は何だ。彼女は核から離れた部分とはいえ知っていて、ゆえに苦しんでいる。これ以上は罪だ。何も知らない傍観者を強制することは、里紗という親愛なる友への侮辱だ。‘お前に言っても何にもならないんだよ’と。
「…うまく言えないけど、まず、あたしは拒食症じゃないよ。食べる時は食べるし、自分は太ってると思ってない。だから痩せようとはこれっぽっちも思ってない。むしろ不本意」
「うん、分かってた。食べることを嫌悪してるのでも、吐いてる様子も無かったもん。それに運動するどころか、授業中でも寝てばっかりだしね。でも、不眠症なのは間違いないんじゃない? 家で寝られないから学校で…」
「それも違うよ。家や学校とかで悩みがあるとかでもない。…あのね、こんな言い方しかできないけど、あたしには昔から抱えてるものがあるの。しかも大きくて、どうにも厄介なこと。里紗の不安の種も、皆それのせい。それは誰にも、あたしでさえも、どうすることもできない。受け入れることしかできなくて、抗うすべも無い。でも近々、区切りが付くんだ。一時的なことだけれど、もしかしたら何かが変わるかもしれない。…ごめんね、ここまで言っといて、それはまだ話せない。こんなに心配して泣いてくれる里紗でも」
「あたし、そんなに普通に見えなかった?」
「毎日ちゃんと鏡見てる? 長袖や膝丈スカートで隠してるつもりだろうけど、顔はそうはいかないよ。ほっそりしてるけどやつれてるように見えるし、肌は色白を超えて青白いってレベルだし。あと春休みでも遊びの誘いに乗らないし、メールはほとんど返ってこない。那智以外の新しい友達を自分から作ろうとも、人とまともに関わろうともしてない気もするし。…他にもあるよ、言ったげようか?」
珠結は慌てて首を振った。彼女は人をよく見ている。対照的に自分はズバズバと指摘されて、普通から外れていたのだと思い知らされた。自分自身のことだというのに、ここまで鈍ってしまっていたなんて。頬に触れても、柔らかさは感じられない。
「ここ1、2ヶ月で急にだよね。ずっと前から違和感はあったけど、ちょっと変だなってぐらいだったし」
「ずっと前から?」
「もう一人、気づいてた人いるよ。本田さん。拒食症を疑ってた。ほら、珠結が掃除の時間に倒れこんだ時。掴んだ腕が細すぎて、いやに軽く感じたって」
去年同じクラスの保健委員だった彼女。直後の彼女の表情の謎が解けた。どうりでそれ以後、お弁当のおかずやお菓子やらを、里紗と共にさりげなく勧めてくることが多かった。無理するな、と何かと気にかけてくれていた気もする。
「珠結は隠そう、ってオーラ出しまくってたから、気づかないふりしてきたけど限界だよ。珠結をそこまで追い詰めてるものは何なの? ねえ、ねえ……!!」
だんまりを通そうと思えばできた。心の中では言いたくないとダダをこねる自分がいる。彼女を巻き込みたくはない。けれどもこの状況は何だ。彼女は核から離れた部分とはいえ知っていて、ゆえに苦しんでいる。これ以上は罪だ。何も知らない傍観者を強制することは、里紗という親愛なる友への侮辱だ。‘お前に言っても何にもならないんだよ’と。
「…うまく言えないけど、まず、あたしは拒食症じゃないよ。食べる時は食べるし、自分は太ってると思ってない。だから痩せようとはこれっぽっちも思ってない。むしろ不本意」
「うん、分かってた。食べることを嫌悪してるのでも、吐いてる様子も無かったもん。それに運動するどころか、授業中でも寝てばっかりだしね。でも、不眠症なのは間違いないんじゃない? 家で寝られないから学校で…」
「それも違うよ。家や学校とかで悩みがあるとかでもない。…あのね、こんな言い方しかできないけど、あたしには昔から抱えてるものがあるの。しかも大きくて、どうにも厄介なこと。里紗の不安の種も、皆それのせい。それは誰にも、あたしでさえも、どうすることもできない。受け入れることしかできなくて、抗うすべも無い。でも近々、区切りが付くんだ。一時的なことだけれど、もしかしたら何かが変わるかもしれない。…ごめんね、ここまで言っといて、それはまだ話せない。こんなに心配して泣いてくれる里紗でも」